皇室と稲作
日本人の主食は米。
米は日本そのものと言っても過言ではないほどに、私たち日本人の生活と精神の根幹をなしています。米は炊いて食べるだけでなく、醸造して酢、味醂などの調味料や清酒になりますし、蒸して搗けば餅に、せんべいやあられのような菓子にもなります。番茶に混ぜて玄米茶として楽しむ人もいれば、米粉を利用したパンも昨今では人気を博していますね。
米は食生活だけでなく、経済的にも特殊な意味を持ちます。税(年貢)として納められた時代の長さゆえに、領主や家の勢力を示す指数として石高が用いられていたのはご存じの通り。世界初の先物取引市場は享保15年(1730年)に大坂で開設された堂島米会所(どうじまこめかいしょ)だという事実もまた、我が国における米の重要性を指すものです。
日本人と切っても切り離せない米。同様に日本の象徴である皇室もまた米と深いつながりがありました。
▲今上陛下によるお手まき
(画像引用:宮内庁)
皇室と米とのつながりの最たるものは、何と言っても今上陛下がお手自ら米を栽培されていらっしゃることです。
ガーデニングだとか趣味の一環だとかいうわけではなく、ご公務のひとつに「稲作」があります。
もちろん大規模農業をするわけではありません。
神田(しんでん)は皇居内、宮中三殿の近くにある300平方mほど。ココに水を引き苗をお植えになるわけですが、その前段階として4月に生物学研究所そばの苗代で種もみをお手まきされます。
お手まきされる銘柄はうるち米がニホンマサリ、もち米はマンゲツモチ。
ニホンマサリという聞き慣れない品種は、コチカゼと日本晴をかけあわせた種で昭和48年(1973年)に農林省農事試験場(現・農研機構作物研究所)で誕生しました。しかし平成6年(1994年)時点で全国で43haしか栽培されず、翌年にはとうとうゼロになってしまった歴史があり、現在でも一般ではほとんど作付されないため市場に出回ることはありません。
▲苗をお手植えになる今上陛下
(画像引用:宮内庁)
いっぽう、もち米のマンゲツモチですが、こちらは一般に流通している品種で、昭和38年(1963年)に誕生しました。
5月下旬になるとお田植えです。水を引いた神田に陛下は作業着に長靴姿でお立ち入りになられ、200株ほどの苗をお手植えされます。
また水稲だけでなく、陸稲と粟も種まきされます。陸稲・粟は陛下おひとりではなく、皇室ご一家で種まきされるのでこちらはお田植えとは違ったほのぼの感が。
稲は植えれば後は勝手に育つというわけではありません。数多くのご公務をお抱えになっている陛下に代わって、日々の世話については専門のスタッフが手掛けます。
ちなみに、神田では農薬や除草剤は使用していません。あくまでも昔ながらの稲作のスタイルで栽培しています。
そして秋、実りの稲穂を刈り取る時季には、陛下お自ら鎌を手にお稲刈りなさいます。
▲お稲刈りされる今上陛下
(画像引用:宮内庁)
さて、刈り取られた稲ですが籾殻を除去せねばなりませんので、籾取りの作業があります。皇居勤労奉仕の面々で行われることが多いようです。
また、一部の稲は根付きのまま神嘗祭(かんなめさい)のため伊勢神宮へお供えされます。
米は神道において稲作信仰に起因する霊的価値を有する穀物とされています。
一年の収穫を祝う大祭である新嘗祭(にいなめさい)でも新穀を天皇陛下御自ら神々に奉られ、また御自らもお召しあがりになられます。ここで供える米と粟は皇居内で作付されたもの。
新嘗祭は数ある宮中儀式のなかでも最も重要な祭事のひとつです。期日は11月23日になります。
元来は旧暦11月の2回目の卯の日に行われていた新嘗祭。明治5年(1873年)の太陽暦導入に伴ってその年の11月の2回目の卯の日が11月23日だったことから、それ以降毎年11月23日に実施されるようになりました。また同年10月に発布された太政官第344号布告により新嘗祭は祝祭日に制定されます。
そして太平洋戦争後、国民の祝日に関する法律が制定され、新嘗祭の日である11月23日はその精神を引き継いで勤労感謝の日と改められました。
▲お田植えをされる昭和天皇
その名の通り勤労感謝の日とは「勤労を尊び、生産を祝い、国民たがいに感謝しあう日」です。
祝われる勤労と生産の象徴であるのが稲作。それを国家元首自身が実践されるという例は稀有なものです。
皇室による稲作は大昔からあったものではありません。
明治期より神田はありましたが、昭和2年(1927年)に昭和天皇が赤坂離宮内苑菖蒲池そばの神田ではじめたものが現在に引き継がれているのです。
農業の奨励と農家の苦労を偲ぶために始めたとされており、昭和天皇に稲作を勧めたのは、当時の侍従次長でのちに参議院議長となった河井彌八(かわいやはち)でした。河井の日記には「聖上陛下御親ら田植を遊ばさる。真に恐懼(きょうく・畏れ多い)とも歓喜とも名状し難き思あり」とその感慨が述べられています。
そして昭和天皇の思いは今上陛下にも受け継がれ、現在も毎年続けられているのです。
参考:宮内庁(http://www.kunaicho.go.jp/)
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