皇后陛下のエピソード

ねむの木の子守歌

皇后陛下

JR山手線五反田駅を出て、国道1号線桜田通りから路地を入った住宅地の中に公園があります。広さは児童公園くらいのものでこじんまりとしていて、都市計画に基づいた都市公園でないため、街区がまるごと公園になっているわけでなく、なぜこんなところに緑地が?と感じる不自然さもあります。

その公園の名前は「ねむの木の庭
ちょっと個性的な名前にも理由がありました。


ねむの木の庭
▲ねむの木の庭 (画像引用:品川区)

広さ176坪の「ねむの木の庭」はもともとは皇后陛下の生家である正田邸があった場所。つまり、個人宅の跡地が公園になっているわけです。

園内には約60種の草花が植えられていて、日中なら自由に立ち入ることができます。
なかでも昭和42年(1967年)、皇太子妃殿下(当時)に世界で最も古いバラ育種会社のひとつイギリスのディクソン社(Dickson Nurseries Limited)が献呈したプリンセスミチコという品種のバラはみもので、オレンジ色や赤色の丸みを帯びた花弁が5月から11月ごろまで愉しめます。
ちなみにディクソン社はエンプレスミチコという品種のバラも平成4年(1992年)に献呈していますね。

プリンセスミチコ
▲プリンセスミチコ (画像引用:品川区)

正田邸は群馬県で館林製粉株式会社を設立し、日清製粉株式会社を合併して日清製粉グループの初代創業者となった正田貞一郎(しょうだていいちろう)の三男、正田英三郎(しょうだひでさぶろう)氏の邸宅で、皇后陛下は生誕されてから皇室にお入りになるまでここでお過ごしになられました。

昭和8年(1933年)に合資会社清水組(現・清水建設株式会社)によって建設された正田邸は英国スタイルの洋風建築。和室は二間しかなく当時としては珍しいものでした。その後増築されましたが、英三郎氏の死去により状況は一変します。

問題となったのは33億円もの遺産の相続税でした。皇后陛下は相続を放棄されたので残った兄弟3人で遺産相続することになったのは良いものの、手元の現金だけでは多額の相続税をとうてい納めることができなかったのです。やむなく土地と建物を物納という結果に。
あらたな所有者となった財務省でしたが、より高値で売却できるだろうと踏んでいたアテは空振りに終わってしまいます。

取り壊される前の旧正田邸
▲取り壊される前の旧正田邸
(画像引用:日本の車窓・雨男の紀行文)

結果、放置された敷地内には雑草がはびこり、近隣住民による邸宅保存運動が続く中、建物は解体されてしまいました。

貴重な文化遺産ゆえに惜しむ声が多かったのもしかりで、当時の軽井沢町長が移築の名乗りを挙げたほど。
最終的に品川区が土地を購入して公園として整備し、平成16年(2004年)から一般に開放しています。

公園の名のとおり、正門を入ってすぐ左にはネムノキが植えられています。マメ科ネムノキ亜科の落葉高木で、淡紅色の長いおしべが美しい花を夏に咲かせます。
しかし、なぜネムノキが公園の名になっているのでしょうか。
その理由は皇后陛下が作詞した歌にありました。

全国豊かな海づくり大会
▲ねむの木の庭をご訪問になった両陛下
(画像引用:宮内庁)

皇后陛下が聖心女子学院高等科在学中に作詞した「ねむの木の子守歌」がその出典。
歌詞はこちらのリンクから読むことができます。

月日が流れて昭和40年(1965年)、高校時代に詩歌の交換をしていた陛下の友人がその歌を雑誌に発表しました。
この詩を読んだ作曲家の山本正美(やまもとまさみ・夫は山本直純)氏が感動して曲を作り、ちょうど文仁親王殿下のご誕生に合わせて献上します。

陛下はこの歌を文字通り子守唄として折々に口ずさみ、海外のご公務などで赤坂東宮御所を何日も空けねばならないときは、自らピアノを弾いてハミングで録音したテープを託してご出立されたそうです。

翌昭和41年(1966年)3月には吉永小百合氏と梓みちよ氏がそれぞれシングルレコードをリリース。銀幕のトップスターとトップシンガーがともに歌ったことで、多くの国民もまたこの歌に触れることになりました。

皇后陛下はこのレコード発売に先立って、作詞著作権を社会福祉法人日本肢体不自由児協会に下賜されています。
この協会は出産時ないし生まれつき障害がある、また幼い時の病気や事故などで手足や背骨などの運動機能に不自由がある子供とその家庭をバックアップし、社会に啓蒙する活動をするもので、前身である「肢節不完児福利会」は大正14年(1925年)に設立されました。

協会はこの作詞著作権料を基金として、昭和42年(1967年)に医療型障害児入所施設、療養介護事業所、特別支援学校等において永年にわたる功績を収めた者を労るべく賞を制定。これがねむの木賞です。
ねむの木賞は毎年秋に授与され、昭和42年の第1回から毎年だいたい4名が選ばれています。受賞者は贈呈式と昼食会のあと、皇居にて皇后陛下に拝謁を賜ります。
なお、協会の総裁は正仁親王殿下(まさひとしんのうでんか・常陸宮殿下)。贈呈式と昼食会には殿下ならびに妃殿下がご臨席あそばされます。

参考:品川区(http://www.city.shinagawa.tokyo.jp/hp/
menu000000400/hpg000000351.htm)
近代建築ホームページ(http://homepage1.nifty.com/tanboh/16896.htm)
岸田コラム(http://kishida.biz/column/2004/20040827.html)
和歌山市長大橋健一ホームページ(http://www.ken-ohashi.jp/contents/
2b/dagakki3/10series/20100914.html)
社会福祉法人日本肢体不自由児協会(http://www.nishikyo.or.jp/about_us/index.html)


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