今上陛下のエピソード

陛下の後悔

今上陛下

人それぞれ、その人生においては何度も後悔を繰り返すもの。その当時は良かれと思って決断したことでも、成長して時間が経ってから振り返ってみれば悔やむことも多々あります。

それは今上陛下とて同じことです。陛下の胸に去来される思いをあて推量に慮るのは恐れ多いことですが、これまでにはそういうこともやはりおありになられたでしょう。
今回のお話は、そんな後悔の物語。


ブルーギル
▲スズキ目サンフィッシュ科のブルーギル

魚類学者であられる陛下。昭和35年(1960年)、皇太子時代のことです。日米修好百年記念式典のため米国へ外遊された陛下はシカゴにて当時の市長リチャード・J・デイリー(Richard Joseph Daley)からブルーギル(bluegill)15匹の寄贈を受けます。
養殖して食糧源としたり、国民が釣りを楽しめるようにと日本に持ち込まれたのです。

陛下はこの15匹を水産庁淡水区水産研究所に託し、研究所は食用研究のため飼育をはじめます。また東宮御所の池にも放たれました。

ブルーギルは繁殖力が高いため、養殖はたやすいもので、すぐに数を増やすことができました。
さらに淡水真珠の養殖の研究過程において貝の子供であるグロキジウム幼生の寄種魚としてブルーギルに注目した淡水区水産研究所は、滋賀県水産試験場にブルーギル1,400匹を譲渡します。琵琶湖で淡水真珠の養殖が盛んだったためです。
さらに昭和40年(1965年)には大阪府淡水試験場にも譲渡。ここから全国の試験場や養殖業者に広がっていきました。
昭和41年(1966年)、淡水区水産研究所は伊豆半島東側の中ほど、静岡県伊東市にある一碧湖(いっぺきこ)にブルーギルを放流します。

一碧湖
▲初めて自然界に放流された一碧湖
(画像引用:伊東市伊東観光協会様
http://www.itospa.com/)

このような流れで広がっていったブルーギルでしたが、繁殖力は高くとも個体はそれほど大きく成長せず、食用としてはコスト高。真珠養殖にも効果が薄いことが判明し、漁業の場での利用はなくなってしまいました。

そして滋賀県の水産試験場で飼育されていたブルーギルが、琵琶湖西の湖で見つかります。おそらく試験場から逃げ出した個体だろうと結論づけられました。

ブルーギルの利用目的として陛下が考えられていた食用に関しては振るいませんでしたが、もうひとつの用途である釣りはその後大いに盛り上がりを見せます。しかしこれが陛下の後悔の種になるのです

雄蛇ヶ池
▲雄蛇ヶ池
(画像引用:房総史譚様
(http://bousou.txt-nifty.com/blog/)

発端はルアー・フィッシングブームの到来でした。ルアー・フィッシング愛好者に好まれたブルーギルと、同じく外来魚のブラックバス。昭和46年(1971年)千葉県東金市の雄蛇ヶ池(おじゃがいけ)に放たれたのを皮切りに愛好者(バサー)による放流が全国ではじまります。「おめでたいプリンスフィッシュ」との称号のもと、ばら撒かれるかのように放流が進みました。

結果、昭和54年(1979年)の段階で9府県だったブルーギルの生息地は、昭和63年(1988年)には45都府県にまで拡大。なお現在では47都道府県すべての地域で生息が確認されるまでになってしまいます。

ここまで簡単に広がってしまう恐ろしいその繁殖力。在来種の魚は駆逐され、漁業被害も出てくる始末で、ようやくここになって外来種の放流が生態系に及ぼす悪影響が認知されてくるのでした。台風で飼育施設からブルーギルが逃げ出したり、不心得者が放流したものが生態系を破壊するという認識は昭和30年代~40年代にはほとんどなかったのです。

第27回全国豊かな海づくり大会での陛下
▲第27回全国豊かな海づくり大会で
おことばをお述べになる今上陛下
(画像引用:滋賀県水産課様
http://www.pref.shiga.jp/)

事態を重く見た国は、平成17年(2005年)、飼育、栽培、保管又は運搬、譲渡、輸入、野外への放出などを禁止とする「特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律」(外来生物法)を施行、ブルーギルもその中に含まれました。

そしてその2年後、平成19年(2007年)に琵琶湖で開催された第27回全国豊かな海づくり大会に行幸された陛下は、次のようなおことばを述べられます。
「外来魚の中のブルーギルは50年近く前私が米国より持ち帰り、水産庁の研究所に寄贈したものであり、当初、食用魚としての期待が大きく、養殖が開始されましたが、今、このような結果になったことに心を痛めています。」

陛下自らが放流による害悪に触れたことにより、バサーによる放流やひいては釣りあげた魚を逃がすキャッチ&リリースを禁止する条例なども制定されるようになります。(秋田県、新潟県、滋賀県の琵琶湖など)

またキャッチ&イートと呼ばれる「釣ったら食べよう」という運動も行われるようになりました。
先述の琵琶湖での「第27回全国豊かな海づくり大会」において、陛下は「おいしい魚なので、釣った人は持ち帰って食べてくれれば」と側近に語ったと言われています。

ブルーギルは油を使った調理に向いています。捌きにくい魚で、骨も多いですが、釣れたら一度食べてみませんか?

ヒレナガニシキゴイ
▲ヒレナガニシキゴイ
(画像引用:みんなの動物園図鑑様
http://xenopuszoo.web.fc2.com/)

これだけだと、後悔の話だけで終わってしまうので、最後にもうひとつ、陛下と魚の小話を一点。

陛下が昭和52年(1977年)に埼玉県水産試験場を行幸されたときのこと。職員に対して「インドネシアにヒレが長い鯉がいるので、錦鯉と交配させてみては」とご提案されました。

3年後、水産試験場はインドネシアからヒレナガゴイを移入し、錦鯉と交雑を開始します。
そして、みごとヒレが長い錦鯉が誕生しました。ヒレナガニシキゴイと呼ばれ、埼玉県を中心に鑑賞魚として愛されており、皇居の二の丸の池でも見ることができます。

参考:滋賀県立琵琶湖博物館(http://www.lbm.go.jp/)
滋賀県水産課(http://www.pref.shiga.jp/g/suisan/index.html)
生物多様性研究会(http://www.ne.jp/asahi/iwana-club/smoc/bio-home.html)
らばQ(http://labaq.com/archives/50815662.html)
埼玉県農林総合研究センター水産研究所
(http://www.pref.saitama.lg.jp/site/kenkyuseika/hirenaga.html)


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