昭和天皇の御製から
御製(ぎょせい)とは天皇陛下の詩歌や絵画などの作品のことで、特に和歌を指して使われる言葉です。毎年、年頭に行われる宮中での歌会始の儀(うたかいはじめのぎ)をはじめとして、多くの御製がこれまでに披露されてきました。
中でも昭和天皇はその生涯に1万首もの和歌をお詠みになられていて、そのうち900首ほどが公開されています。御製には陛下のお気持ちが存分に表現されていて、胸を打つもの、ハッと気づかせてくれるもの、夕凪のように和やかな心地にさせていただけるもの、と多種多様。
今回は数多くの御製からいくつかを選んで、その時代と陛下を振り返ってみたいと思います。
大正13年(1924年)の新年に詠まれたものから見ていきましょう。まだ昭和天皇が摂政時代のときの御製です。
新年早々に「民をあはれむ」とは穏やかではありません。何があってのこの文言となったのでしょうか。
実はその前年、大正12年(1923年)の9月に関東大震災が発生していました。関東全域で死者14万人という途方もない被害。皇族も閑院宮寛子女王(ひろこじょおう)、東久邇宮師正王(もろまさおう)、山階宮武彦王妃佐紀子女王(さきこじょおう)が薨去されました。
そんな時期に新たな年を迎え、喪に服しつつもまずは国民のことを思う陛下のお気持ちがよく表れている御製です。
つづいて大正15年(1926年)の御製。前年に山形を行幸されたことに触れた歌です。雄大な流れに感銘を受けられた陛下の率直なお気持ちを詠まれたものなのでしょう。
ただ見方を変えれば、陛下ご自身の生き方を宣誓した歌であるとも捉えることもできます。
立憲君主制の中、憲法の規定により政治の中枢に位置しながらもそれに流されまいとする難しいお立場です。末の世までも濁ることのないようにしなくてはならないという決意ではないでしょうか。
この御製は昭和5年(1930年)に曲がつけられ、今でも山形県民歌としてひろく県民に愛される歌となっています。
そして、昭和6年(1931年)の御製。天皇の職務にもいろいろとありますが、なにをさておいてもやはり第一が祈りであることに間違いはありません。
ついうっかり忘れてしまいがちですが、日本を創造したとされる神のイザナギとイザナミの7代目に当たる子孫が初代天皇の神武天皇ということから、天皇は神道の祭祀を代々執り行ってきました。
その祈りは国の安泰のためであり、つまり国民の生活の安寧のためのもの。雨でも雪でも関係なく、陛下の祈りが日々続けられたことを示す御製です。ありがたいことです。
昭和8年(1933年)の歌会始に詠まれたこちらの御製は、陛下の平和を希求する思いが格調高く表れていますね。
この御製は昭和15年(1940年)に紀元2600年を奉祝して作曲振付けが行われ、浦安の舞(うらやすのまい)として現在でも全国の神社で神楽舞として奉納されています。
また山口県下関市の唐戸市場の南側にある亀山八幡宮境内には、昭和天皇御在位60年を祝して建てられたこの御製の碑が建てられています。
下関へお出かけの機会があれば、立ち寄ってみてください。
昭和15年(1940年)に詠まれた御製ではその前年にナチス・ドイツ軍とスロバキア軍によるポーランド侵攻から勃発した第2次世界大戦への危惧が詠み込まれています。
日本もまた長引く日中戦争に加え、ノモンハン事件が勃発し、不安定な世に入りつつも、第2次世界大戦へは不介入を表明していました。しかし、そうもいかなくなってしまうのが歴史の流れ。
太平洋戦争への突入に決して賛同の意をお示しにならなかった陛下でしたが、憲法の規定上、開戦を決定した内閣を止める権限が陛下にあるはずもなく、開戦を支持する国民世論もあって日本はこのあと太平洋戦争に飛び込んでいくことになります。
そして終戦間近の昭和20年(1945年)3月の御製2首。戦災地を行幸されて詠まれたものです。空襲を受けてもなお陛下の行幸とあらば歓待して迎える国民の心情をありがたく感じる率直な気持ちをそのままお詠みになられています。
5か月後に迎える終戦。大戦の終わりに陛下がしたためになった4首の御製には胸を打たれます。これらの御製には何の説明も要らないでしょう。陛下の思いの全てがここに表現されているといっても過言ではありません。
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